「デジタル・デトックス」というアメリカの病的流行!!


デジタルから離れるのはなかなか厳しいね!!

 AIに関わる研究者や脳科学者、数学者などを世界中で51名取材してまとめた拙著『動物と機械から離れて』の取材で、頻繁に耳にする言葉があった。それは「デジタル・デトックス」。訳すと「デジタル断ち」が適切だろうか。特にAIならびにIT産業の中心地であるアメリカ西海岸のシリコンバレーで、この言葉を頻繁に聞くことになった。

デジタル漬け生活への大きな反動

 彼らが言うデジタル・デトックスとは、週末または月に数日、郊外のデジタル・デトックス専門のサナトリウム(療養所)やジム、野外キャンプ地に出向き、PCやスマホタブレットなどのデジタルデバイスを施設に預けて、デジタルなものを身の回りから遮断する行為のこと。そしてデジタル情報の洪水から抜け出て、瞑想やヨガ、読書や思索にふけることを促すものだ。過剰なまでにデジタル漬けとなった仕事や生活様式への、大きな反動だと言えるだろう。

 デジタル・デトックスの施設には次のようなものがある。カリフォルニア州内陸部のパームスプリングスにある「スパローズ・ロッジ」は、若者に人気な一軒。1泊約35,000円でテレビゲスト用の電話も全く用意されていない。入口でデバイスを預けた後は、山の景色を楽しみ、散歩やサイクリングに勤しむ場所だ。カリフォルニア州北部に誕生したキャンプ場「キャンプグランデッド」は、3泊3食付きで約10万円からなる、デジタルガジェット一切なしの生活を送るための施設だ。

 しかし、このようなシリコンバレーで大流行の新習慣は高価であり、それが広くあまねく人々に行き届いていないことは問題だと指摘する人も現れている。サンフランシスコ在住の女性アーティストで、全米で話題の本『How to Do Nothing: Resisting the Attention Economy(いかに何もしないか:アテンション・エコノミーへの反抗)』(2019年)を著したジェニー・オデルがその代表例だ。そのオデルにスカイプで話を伺った。

 副題にある「アテンション・エコノミー」とは、情報量が爆発的に増加した現在では、情報の価値よりも人間の関心や注目=アテンションこそに経済的価値があるという考え方。「情報は新しい石油」という言葉があるが、「関心は新しい石油」と言えるだろうか。このアテンション・エコノミーにおいて、私たちは日々の生活や仕事中、いつも手元のデジタルデバイスに気を取られ、熟考する時間、あるいはその習慣が奪われていくと言われる。オデルはデジタル・デトックスが、新たな階級問題を生んでいると主張する。施設の料金を見てもわかるように、到底、万人がデジタル依存症から抜け出すための方策とは思えないと。

テックの巨人たちが子どもデジタル使用に制限をかける理由

デジタル・デトックスが西海岸では人気ですが、それは非常に高価なんです。デジタル・デトックスをしたければ、ただスマートフォンを持たずに散歩に行けば無料で出来ますよね? これは新しい階級問題を生む可能性があります。デジタルの危険性について言えば、スティーブ・ジョブズビル・ゲイツは夕食の席で子供にテクノロジーを使わせませんでした。もしあなたが働きすぎの親で、子供がいても構う時間がなければ、彼らにタブレットを与えてしまうでしょう。これは子供の教育にとって大きな問題なんですよ」

 オデルが語るデジタルの過剰摂取に焦点を当てた本が、アメリカで話題になっている。ニューヨーク大学マーケティング学科の准教授であるアダムオルターの『僕らはそれに抵抗できない―「依存症ビジネス」のつくられかた』(2017年)だ。この本でオルターは、前述のテックの巨人たちが我が子のデジタル使用に制限をかけている逸話を紹介している。

ジョブズ2010年末にニューヨークタイムズ紙の取材を受けた際、記者のニック・ビルトンに対し、自分の子どもたちはまったくiPadを使っていないと語っている。『子どもが家で触れるデジタルデバイスは制限しているからね』」

「『WIRED』誌の元編集長クリスアンダーソンは、家庭内のデバイスそれぞれに厳しい時間制限を決めているという。『テクノロジーの危険性をこの目で見て来た』からだ。彼の子ども5人は寝室にデジタルスクリーンを持ち込んではいけないことになっている」

ネット関連の依存症を抱えている人は最大40パーセント

 さらにオルターは、デジタル依存が精神や脳にも問題を起こす様子を描く。

「最近の研究によると、最大40パーセントの人が、メールゲームポルノなど、ネットに関連した依存症のいずれかを抱えている。別の研究では、被験者となったアメリカ大学生のうち48パーセントネット中毒で、残りの40パーセントは境界線または危険性がある状態だった。被験者の大半は、ネットとのかかわりを尋ねる質問に対し、どちらかというと負の影響があると答えた。オンラインで過ごす時間が長すぎるせいで、仕事、人間関係、家族との生活に支障をきたしている、と」

マイクロソフトの実験で2,000人の若い成人被験者を対象に、コンピューター画面に出てくる一連の数字や文字に注意を集中させる実験をしたところ、結果ははっきりとわかれた。ソーシャルメディアで過ごす時間が長い被験者は、そうでない被験者に比べて、集中して課題をこなす能力が低くなっていたのだ」

人々は、気づかないうちにほとんどコントロールされている

 またジャーナリストニコラス・カーは2011年のピューリッツァー賞を受賞した著書『ネット・バカ インターネットわたしたちの脳にしていること』でインターネットが人間の知性を変容させ、退化させていると警鐘を鳴らしている。

ウェブページスキャンするのに費やす時間が読書の時間を押しのけるにつれ、一口サイズの携帯メールをやり取りするのに用いる時間が文や段落の構成を考えるのに用いる時間を締め出すにつれ、リンクをあちこち移動するのに使う時間が静かに思索し熟考する時間を押し出すにつれ、旧来の知的機能・知的活動を支えていた神経回路は弱体化し、崩壊を始める」

 オデルは、デジタル依存の時代における「自由意志」についてこう語った。

「人生の多くのことは、自由意志とコントロールされ自動化された意志との間にあるはず。現在の人々は、気づかないうちにほとんどコントロールされている。まったく何もしない空白である思索の時間は、わたしたちが普段コントロールされているということを思い起こさせてくれる、重要な時間だと思う」

「常時接続のネット中毒は精神のジャンクフード

 脳科学やAI研究の権威もデジタル中毒の問題点を語る。マイクロソフトの共同創業者である故ポール・アレンが私財を投じて設立したシアトルアレン脳科学研究所は、世界の脳科学の最先端を行く。その所長を務めるのがクリストフ・コッホ。日本でも『意識の探求』や『意識をめぐる冒険』などの著作で、意識研究の第一人者としてよく知られている。コッホは私の取材に「今日、わたしたちはますます不幸になっている」と言う。

「常時接続のネット中毒は精神のジャンクフードです。常にSNSチェックしている状態は、人々の精神を不安定にします。食べ過ぎや飲み過ぎを制限するのと同じように、ネットの利用を自主規制しなければいけません。ただし、それには自制心と精神的な訓練が必要ですが」

 またAIの創成期から現在までの歴史をまとめた大著『サイバネティクス全史:人類は思考するマシンに何を夢見たのか』を執筆したジョンズホプキンス大学高等国際学部の戦略研究学教授トマス・リッドは、私とのフェイスタイムによるインタビューで、コンピューターからAIにいたるフィードバックループ(注:フィードバックを繰り返すことで結果が増幅される仕組み)の危険性を語る。

SNSに写真やテキストを頻繁にアップして、すぐに反応を得ることを過剰に期待している人々は、フィードバックループの穴に陥っている状態ですね。それは人々が深い問題について考えなくなり、複雑な問題について意見を述べる力をなくし、結果的に人々を不幸にするものです」

AIの最前線ではいち早くデジタルを制限している

 経済界ではAIへの過剰な期待が高まる今日だが、AIの最前線はこのようにいち早くデジタルを断つ、または制限をかける生き方を模索し始めている。さらに、これからAIが人間の仕事を代替し、より多くの判断を下すようになることで、私たち人間が、従順な動物的に、またはルーティンを繰り返す機械的になる可能性が高まっている。『動物と機械から離れて』は、その危険性への「炭鉱のカナリア」だ。AIやデジタルデバイスを自律的に使い、時に自律的に離れることが、ますます動物化または機械化される人生への抗いとなるはず。本書の帯に言葉を寄せてくれた思想家の東浩紀の警句のように「人間が人間であり続けるために、意図的な努力が必要な時代が近づいている」のだ。

(菅付 雅信)

『動物と機械から離れて AIが変える世界と人間の未来』(菅付雅信 著)新潮社


(出典 news.nicovideo.jp)